第二十六話 過ぎ去る記憶
・・・・・耳を澄ませば あの日友の声が・・・・・

しぶとく斜面を這い上がり 後に続く相棒の手首を鷲掴み お互いの手首同士を
ホールドし合うと 細身の彼を一気に引き抜き 勢い余り後方の藪へと飛び込んだ
この谷 いったいこの峻険な遡行何処まで続くのか。

『行くのか?』 今日の釣りあれこれと 反復し感想を語り合って居た時だった
先程から釘付けとなる 私の視線先を振り返り 怪訝そうな顔で友は呟いた
二人の視線の先には 其処からいくらか下り 枝谷の合流点から遡った場所
黒々と立ちはだかる 露出した一枚岩 谷の命を伝える流れは一条の滝となり
一気に滑り落ち 其の過程で周囲へと飛散 霧と成り漂う 立ち入る事を拒絶
するかの様に
そうだ以前あの滝壷は 攻めた事が有るのだ 其れは石積みの岸に圧迫された
小さな々 壷なのだが 掛けた瞬間ラインを一気に引ったくり引きちぎって行った
化け物が潜んでいる処で しかもその上流部は一度たりと目にした事は無いのだ
どんな出会いと ときめきが待ち構えて居るのだろう 私の冒険心を擽りだした!
振り返ると 何も語らず身支度を整え出した相棒 『おい 々 今日ザイルは
用意してにゃぁぞ』 『う〜ん 何とか成るだろうて』 ぶっきらぼうだが確実に
同じ目標を見据えていた友 二人の思いは数時間後に目前に現れるだろう
桃源郷を見据えていた


目前に差し出されたタオルが 絶体絶命のピンチを救った
滝の肩へと取り付き 手掛りの乏しい ツルツルの一枚岩
最後の乗り越しは ショルダーと握りこぶしで作ったステップで
何とか 相棒を押し上げては居た 続く自分は小さなリスに
手を入れ 後残り僅かで次の一歩を踏み出す個所がどうにも
見つからない 今来たルートを振り返れば 20mばかりの
直爆が一気に吸い込まれる壷は 私を手招き呼んで居るかの
様に 盛んに泡立ち踊る ブルッ! 足が竦んだ ゆっくり
視線を返すと 僅かばかり点在する木立に 己の身を確保
身を伸ばし 首に巻いたタオルを 目一杯此方に差し出す
相棒の姿が目入った  細引きの一本も用意せず挑んだ
不用意軽率さを恥じながら 鷲掴みしたタオルを頼りに
一気の突破を試みた 
終に滝の落ち口向け伸びる 痩せ尾根の上へと跳び出した
着衣の汚れも気にならず その場にヘナヘナとへたり込み
荒い息を吐くが 互いの視線は 其処に現れた新たな目標
その行程へと移って居た なんて懲りない二人なんだ。


2003年8月 彼が現世に別れを告げ 早いもので一年が過ぎました 思うに任せぬ身と成り
その胸に去来したものは 一体どんな場面だったのか 果たして彼にとって私は良い相棒と
言えただろうか? 二人の目標はあれやこれやと数多く 全てを残し余りに早き別れと成った

                                                      oozeki